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    • 2018.03.29 Thursday
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    ゴッドマザー

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       祖母の体調が悪化したと聞いて、顔を見に行ってきた。

       御年95歳。改めて年齢を書くとしみじみ驚く。年の割には相当に元気な人だ。

       一言でいうと『サマーウォーズ』の栄ばあちゃんのような、一族の扇の要にでんと構える人だった。

       ざっと聞く限りでも、戦火やさまざまな苦労をはねのけていろいろな事業を行い、実質的な家長として一家を切りまわしていたそうだが、朗らかな顔の下にその時間がどっしりと流れているのが孫でもうすうすわかった。

       ここしばらくは少し思考がぼんやりして耳も遠くなり、同じ話を繰り返すことが多くなっていたけど、それでも正月などに親戚一同集まって顔を合わせると、変わらぬ存在感というか、ゴッドマザー感にどこか安心したものである。

       でも、きょう家に行って臥せっている様子を見ると、やはりその顔からはこれまでのような生気が失われつつあった。ここ数日、けっこう危ない状態だったと聞いた。

       起き上がるのも億劫な様子で、おれの母が鼻から酸素を吸入するための管をつけようと説くのを何度も面倒がっていた。もうすぐお迎えが来る、というのを自分自身が一番よくわかっていて、こっちに来ないかという誘いを断るのが少し面倒くさくなっている、という感じだった。

       布団から起き上がる時に、おれが靴下とズボンを履かせた。思えば祖母の足を触るのは初めてだった。少しもひび割れていない足の裏の皮膚は、古いサランラップをぴんと巻きつけて温めた鶏肉に似ていた。

       

       とはいえ、みんなで昼ご飯を食べようと起き上がってからは、歩行器を案外たくみに操って食卓まで来ては、カット野菜をいらんと押しのけ甘辛く焼いた牛肉をつまみ、おれに「あんたもっと肉食べなさい」とぐいぐい薦め、デザートにはいちご大福を半分たいらげていた。

       正直、なかば今生の別れのつもりで行ったのだが、かえって流石わが祖母、と感服させられる。

       もう祖母は生きるためのアクセルからすっかり足を離していて、あとは止まるまでエンジンブレーキという状態だと思うけれど、それでもみずから肉を選んで食べる馬力が残っているんだな、となんだか嬉しくなった。

       

       食後、祖母を介助しているおばたちと話した。

       祖母はここ最近、起きたら自分がどこにいるのかわからなくなるのだという。

       床に就いている都内の自宅ではなく、海を隔てた故郷にいると勘違いすることがしばしばあったらしい。

       それに、自分の周りにいろいろな人が「来る」のだと。

       数日前に来たきりのおれの母(=祖母の娘)が今しがた訪ねてきた、と言ったりするのはまだ序の口。

       やはりというか、祖母の寝床を訪ねてくるのは、もうこの世にいない人たちが多いそうだ。先日は姉の姿をした母親が来た、と言っていたという。お姉さんなんだけどお母さんだってわかった、らしい。

       不思議だったのはその先だ。

       その人たちは、まだ部屋の中までは入ってこないらしい。

       戸口や庭に通じる窓の向こうに立っていて、祖母のもとへはまだ近づいてこないのだそうだ。

       荒木飛呂彦『デッドマンズQ』で、亡霊がマンションなどの密室に入るための条件として「中にいる人の許可を得る」という話が出てきたのを思い出した。

       その人たちを部屋に招き入れるときが、祖母の旅立ちのときなのだろうか。

       祖母が会いたい人たちが訪ねてきてくれていたらいいなと思う。

       

       祖母のいま見ている世界は、おれたちが生きている世界と比べて、時間のありかたがすっかり変わっているのだろう。

       たぶん、祖母はいま実際に故郷に「いる」し、いろんな人たちが実際に祖母を訪ねてきているのだ。

       おれたちの時系列でいうと、それは祖母の頭の中にある過去がアトランダムに再生されているということになるのだろうが、祖母からすればそれはすべて「いま」なんだと思う。

       時間というものは、記憶の整理番号のようなものなのかもしれない。

       祖母が元気なうちにそのアーカイヴの整理を紐解いてみたかったが、それはもうかなわない。過ぎていく人に関する後悔はいつでも先に立たないものだ。

       むしろいまは、アーカイヴに新しい番号をなるべく追加しにいこうかな、とも思ったりする。


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